コレクションを貸し出さない【50年の経験から得たこと】

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私がまだ若く20代半の頃だ。貨幣商組合初代理事長だったKから、1795年のアメリカの10ドル金貨を展示会に借りたい、との申出を受けた。得意になって応じたら、奴は資金繰りのため売っ払ってしまったのである。  返却してくる約束の日、松陰神社の自宅を訪れたところ、代替品を受取ってくれ、と開口一番に行ってきた。座敷に座った私の周囲には、人相の悪いのがグルリと囲み、中国コインを10枚ほどでケリをつけようとした。  Kとのあいだに遣取りがあったが、もう現物はないから仕方ない、との一点張りで追い出された。  こっちの世間体を最初から考慮に入れ、すべて筋書き通りに運んだと言える。あらゆるセリフが滑らかで、そのため相手に狙いを見破れず、人生経験の足りないこちらにとっては、とてもとても裏まで読めなかったのだ。  当時の金額で50万円だったので、300万円から500万円といった現在の価値だろう。外国為替のレートを考えると、1ドルが360円の時代だから実勢からしてもう少し下がると思うが――。  この経験をして以来、借り出したいという訪に対しては、すべて断っている。それどころかコレクションを見せることすらしていないが、これは同じことを二度とやられたくないからである。  だから私がコレクションの中のコインを人前に晒すときは、オークションに出品するときだけとしている。これに関しては賛否両論あるだろうが、考え方として参考にしてもらいたいと思う。  紛失という出来事も起こりうる。私は資料として有用なことから、切手についても関心を抱いてきた。そして著書に対して文献賞を授与されたが、その会場において事件は発生した。展示してあったフレームが1つ、忽然と姿を消したのだ。会場にいた誰一人、気付かなかったのだから、呆れてものも言えなかった。この世界にも盗みが存在するのだと、認識させられたのである。  そうした場に出品するくらいだから、自慢の逸品と言って過言でない。そこを狙われたのだった。私は返してくれと訴える司会者の言葉を聴きながら、こうした席に2度出席すまいと考えた。  このため大学の研究会の集まり以外は、顔を出すことをしていない。実に厭な雰囲気のなかで、時間を過ごすことになったから、当然と言えるだろう。  もちろん自分の誇るコレクションを、他人に見せたくてたまらない、という人は別である。リスクよりもコレクションの開示をしたいなら、誰もそれを止めることなど出来ないためだ。

 

2013.8.5|コレクションの始め方 貨幣の基礎知識

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